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中山美穂 インタビュー記事掲載

繰り返し流れてくるその“音色”は、心をかき乱すことも、いたずらに高揚させることもなく、ただ心地よく、やさしく、空間の中に響いていた。

中山美穂の、20年ぶりとなるアルバム「Neuf Neuf(ヌフ ヌフ)」のインタビューが行われたスタジオ。ミュージシャンのインタビューで、それが撮影のタイミングであっても、本人の曲が流れることは実は極めて稀だ。ロックにしても、ヒップホップにしても、EDMにしても、R&Bにしても、日本語の曲は、言葉が立ちすぎてしまうせいだろうか。リズムやメロディの中に、“煽り”の要素があるからだろうか。いずれにせよ、音楽のインタビューでも、本人の音楽は滅多にBGMとしては使われないのだが、「Neuf Neuf」は違った。待ち時間中に流れる彼女の声は、場の空気を和らげ、気分を寛がせた。

 

インタビューが始まると、さすがにB G Mとしての曲のボリュームは絞られたけれど、今度は中山自身の“声”が、鈴の音のような、小鳥のさえずりのような、何とも言えない艶めきと煌めきを持って、スタジオの中に響き始めた。

 

――このアルバムを出すことになったきっかけを教えてください。どんなタイミングで、「出そう!」と決められたんでしょうか?

 

中山 今年の3月に、浜崎貴司さんのライヴにゲスト出演させていただいたんですね。その時に、発売とか関係なく、今回収録されている「君のこと」という柴田(隆浩)くん(※ロックバンド「忘れらんねえよ」のヴォーカル・ギター)に書いてもらっていた曲を、「あ、じゃあこのライヴで披露しちゃおう!」と思って(笑)。キングレコードの方が、そのライヴを観に来てくださっていて、そこから、やってみようという流れになりました。

浜崎さんとは、最初にドラマ(※「もしも願いが叶うなら」1994年)で共演してから、アルバムに曲を書いてくださったりと、お付き合いは長いんですね。私自身もFLYING KIDSや浜崎さんの音楽が大好きで、コンサートに足を運んだりしていて。浜崎さんは、長年、「GACHI」っていう対バン形式のライヴをなさっていたところ、去年の暮れぐらいに、「美穂ちゃん、やらない?」って声をかけていただいたんです。その時は、「やりたいけど、私できるのかな?」「すっごいやりたいけど、無理かも」と思いつつ、「でもこんなチャンスない!」と腹を括って(笑)。頑張って引き受けることにしたんです。

ただ、この「GACHI」は、弾き語りであることが対バンの条件で。そこからギターを猛特訓して。あまりに大変で、もう、泣きながら練習してました(笑)。

でもね、頑張った甲斐あって、めちゃくちゃいいライヴになりました。あの時の空気感は、本当に凄かったです。お客さんがみんな泣いているんですよ、久しぶりだから。私も、目を合わせたらもらい泣きしちゃいそうだから、なるべくお客さんのことを見ないようにして。一曲一曲、精一杯、心を込めて歌うことができました。

 

表立った音楽活動から離れていた20年間。その中でもずっと「音楽をやりたい」という気持ちは持ち続けていたという。チャンスがあるなら、ライヴでもアルバムでも何でもいいから音楽を発表できたらいい。そんな望みを持ちつつも、なかなか具現化するきっかけを掴めなかった矢先の、浜崎からの誘い。中山も、その経緯について話した後、「だから、浜崎さんには大感謝です」と言って、嬉しそうに微笑んだ。

 

今回のアルバムでは、まず、ボーカリスト中山美穂のすごさを再確認させられる。声は唯一無二の楽器と言われるが、まさに、ここにしかない音色があって、それがとてもフェミニンで、ソフトで、エレガントで。同時に、言葉やメロディ、アレンジの懐かしさと新しさに痺れる。今ヨーロッパで人気が高まっているシティ・ポップの香りを漂わせながら、新しい発見もある。たとえば、デビュー曲の「C」は、作詞が松本隆、作曲が筒美京平。今回プロデュースを担当した高田漣によるアレンジは、貴重なお宝を発掘し、新たに磨きをかけたかのようで、よく知ったはずの曲から、また新たな艶かしさが立ちのぼる。鮮烈な音との出会いがあるのだ。全体的には、押し付けがましくなく、ずっと聴いていられるような心地いいアルバムになっている。この仕上がりは、高田漣にプロデュースを依頼したことも大きかったはずだ。

 

――今回プロデュースを高田さんに依頼された経緯も聞かせてください。

 

中山 レコード会社の方から、プロデューサー候補にと何人か推薦していただいた中の1人でした。たまたまレーベルが同じなんですが、高田さんのアルバムを渡されて、それを聴いた時、「これだ!」と思った。それから、お会いしてみたら、高田さんも最初からシティポップをイメージされていた。私も、どこかしら懐かしさも感じられつつ、新しいものにしたかったので、まさに、意見が一致したんです。

リカバーする曲については、どれにするか、一生懸命考えました。ただ、デビュー曲は入れたいなと思ったんです。私のスタート地点になった曲だから。マストな感じなのに入っていないのは、「世界中の誰よりきっと」ですかね。これは、敢えて入れないでおこうと思ったんです。なぜかな? うーん、なんとなく……なんとなくですよ(笑)。

その他に関しては、一曲一曲、レコーディングを進めながら、全体の流れを作っていった感じです。

 

――今回、「時計草」では歌詞を書いています。歌詞は、書き溜めていたものもあるんでしょうか。

 

中山 ありますが、今回は使ってないです。歌詞には特に何か意味を込めているわけではなくて、聴いてくださった人が、自由に感じてもらえたらそれが一番。メッセージ性の強い曲は、避けたかったんですよ。音として楽しめるというか、気楽に聴けるものにしたかった。最初、すごくスケッチ的な感じで「時計草」の歌詞を書いて、高田さんに送ったら、高田さんが閃いたみたいで、「すぐ曲を書きます」って言ってくださったんです。それを聞いたら、今度は私がちょっと思いとどまって、「ごめん、もう一回詞を書き直したい」と伝えました。本当に単なるスケッチだったから、ちゃんと書き直すからね、って言ったんですが、高田さんはイメージが広がったみたいで。「美穂さんちょっと待って」とおっしゃって、何日か後にすごく素敵な曲をつけてくださったんです。アレンジもいいし、すごく今の気分にマッチした。オープニングに相応しいなと思いました。これは、絶対に1曲目にしたいな、と。

 

――時計草というのは? 珍しい花ですが。

 

中山 好きな花です。見ているだけでイマジネーションが湧く花だなとずっと思っていて。花言葉とかを調べたら、きっともっとヒントになる言葉が色々出てきたりしたんでしょうけど、敢えて調べたりはしなかった。

 

――「君のこと」が生まれる経緯についても伺いたいんですが、「忘れらんねえよ」というバンドに、接点はあったんですか?

 

中山 2016年に「魔術」という舞台をやった時に、開演前、終演後の時の曲がずっと「忘れらんねぇよ」で、聴いている内に大好きになっちゃったんです。舞台が終わる頃には全部覚えちゃって、一緒になって歌っているという(笑)。以来、ライヴを観に行くようになって、彼を見ているとお母さんみたいな気分になっている自分がいた。ライヴを観ていると、「がんばれ柴田!」って思って、涙が出ちゃうんです(笑)。それで、「曲を書いてくれる?」って何となーく言ったら、「いいですよ」って引き受けてくれて。それも、社交辞令じゃなくて、本当にすぐ書いてくれたんですね。それが「君のこと」。聴いた時は、すごく感動しました。またお母さんみたいな気持ちになった。そういう暖かさみたいなものも、このアルバムに入れたいなと思って。

 

――一つの曲が生まれるまでに、いろんなストーリーがあるんですね。高田漣さん作詞作曲の「カーテンコール」は、女優さんをイメージされたんでしょうか?

 

中山 そうみたいですね。歌っていてもしっくりくる感じでしたが、不思議と、今回どれもそうなんです。「君のこと」も、私らしくない曲のようでいながら、我ながらすごくハマっていると思う(笑)。どれをリード曲にするか、全然決められなかったです。全体的には、もしこれが私のアルバムじゃなくても聴きたい。そんなアルバムになりました。

リカバーした曲は、懐かしいというより、全くの新曲をやっているような気分でした。すごく新鮮な気分で歌えた感じ。感慨があるとすれば、10代の頃から、割と大人っぽい歌を頂いていたんだなぁってことぐらいで、今歌っても、全然違和感がなかった(笑)。

 結局、20年ぶりのアルバムに取り組んでみての一番大きな感想は、人間は、そう簡単には変わらないってことなのかもしれないです(笑)。

 

――デビュー時期のことは覚えていますか?

 

中山 覚えてます。でも、懐かしいとかは全然ない。恥ずかしいもない。ただ無我夢中でした。だから、不安もなかったです。ただ、デビューしてみないとうまくいくかどうかわからないから、うまくいかなかったら、早い段階で辞めようとは思ってました(笑)。

 

会話の途中で、中山美穂は実によく笑う。ニュアンスとしては「ふふっ」だったり、「クスクス」だったり、「アハハ」だったり、「えへ」だったりするのだが、実際は、文字に起こすよりは楽譜に起こした方が本人の“音”に近い。それほど、彼女の醸し出すアトモスフィアは音楽的だ。笑いのバリエーションが豊富な上に、発声の仕方も独特。ふとした瞬間に、彼女の奏でる音色の“楽器”としての唯一無二の個性が際立つ。「Neuf Neuf」でも、ブレスや呼吸音すら美穂節が炸裂していた。

 

さて、表立った音楽活動をしていなかったとはいえ、2015年と2018年には、FNS歌謡祭に出演している。特に、2015年に「世界中の誰よりきっと」と「ただ泣きたくなるの」を歌った瞬間は、番組の最高視聴率を記録したほど、世間の注目が集まった。

 

――2015年のFNS歌謡祭の時のことは覚えていますか? 歌いながら「ここが私の居場所だ」というような実感はあったのでしょうか?

 

中山 あの時は、出られたことだけで嬉しかったです。また歌えるんだってことが奇跡みたいだと思っていました。音楽は、ずっとやりたい気持ちはあったんですが環境が整わなくて、できなかった。ただ、待っていてくれている方がたくさんいると聞いたら、切なくなって。「何とかして歌いたい」という気持ちが生まれてきたんですね。

それ以降も、(音楽を)やりたいのにできないもどかしさがずっと続いていたので、バンドのリハーサルをしてみたりとか。

 

――でも、そういうある種の“暴走”が、今回のアルバムリリースにつながったわけですね。ところで、久しぶりのレコーディングはいかがでしたか? 

 

中山 大変でしたね。ふふふ。久しぶりのレコーディングで、スタジオの環境とかが、昔と全然違ったことにまず驚きました。昔の感覚と全然違って、戸惑いばっかり。

それにブースの中って、孤独じゃないですか。何とも言えない閉塞感の、その空気に慣れるしかないという……(苦笑)。だから、「この場に慣れるぞ!」って、意味もなくスタジオにいたりとか。とにかく力を抜くことを意識していました。

 

――歌に関しては高田さんがジャッジはしてくれるけれども、美穂さんから、「もう一回やらせてください」と申し出たことは?

 

中山 結構ありました(笑)。理由は、気持ちの乗り方……ですかね。リズムとか音程はジャッジしてもらえるものでいいんですが、何かノッてないなぁ、と思う瞬間があって。それは、自分のことをバン!って出し切れていた昔の自分を知ってるからだと思うんですよ。覚えているから、そこに到達できていないと思うと、焦りが出てきたんです。「もしかしたらもうできないのかもしれないのかな」とか。

それに昔は、夜中までずーっとレコーディングしてたのが、今はさらって録っちゃうんです。だから、さらっと歌えない自分がもどかしかったし。みんなが許すなら、もっと夜中までやらせて欲しいっていう気分でした(笑)。

 

芝居に関するインタビューでは、「いい作品と出会いたい」「自分を必要としてくれる人の期待に応えたい」と語っていた。特に若い頃は、自分の殻を打ち破りたくて、躍起になっていたという。ただ、芝居はチームプレーということもあり、自分から、道をかき分けていくようなことはしていなかった。でも、こと音楽に関して彼女はとても積極的だ。結果を顧みず、自分主導で動こうとする。85年にデビューし、92年以降は、セルフプロデュースアルバムもリリースするようになる彼女の音楽へのこだわり。華やかな女優活動の影で、作詞家として、歌手として、音楽家としての才能はファン以外には見落とされがちだが、こうしてあらためてアルバム制作の経緯を聞くと、彼女の本質は、ミュージシャンであり、アーティストであることを痛感させられる。

 

――インタビューをさせていただくたびに、美穂さんには、いい意味でちょっとクレイジーな部分があるなと思うんです。そのクレイジーでマニアックな部分は、芝居よりも音楽に結実しやすいのかもしれないですね。

 

中山 アハハ! 友達とか、よく私の音楽好きを知ってくれている人からは、「美穂ちゃんて、パンクだよね!」って言われます(笑)。

 

――美穂さんにとって、音楽とはどんな存在ですか?

 

中山 音楽は、自分がやるやらないに関わらず、世界に、絶対になくちゃいけないものだと思います。「勇気をもらった」とか、「音楽に救われた」とか、そんなに大袈裟なものじゃなくても、川のせせらぎとか、風の音、鳥のさえずりや波の音、葉っぱがカサカサ揺れる音とか、自然の中にある音も、音楽の一部なんじゃないかって思うというか。だから私は、音楽に関わることで、その世界に必要不可欠な要素の一部になれることが喜びなんです。

特にライヴは、一度経験してしまうと、ずっと歌っていたいなと思う。ひとりで大勢のお客さんを前に歌うわけですけど、こちらからは、みなさんの笑顔が見える。その笑顔を間近で見てしまうと、うん、歌い続けたくなりますよね。あの空気は、ライヴでしか味わえない。

 

――歌詞を書く時は、ノートに気になった言葉を書き留めたりしているんですか?

 

中山 今は、書いていないです。昔は書き留めたりしていたんですけど、今は逆に気になった言葉や印象に残る言葉が浮かばない。「時計草」を書いた時も、意味とかメッセージ性みたいなものは、込めたくないなというのが何となくあって。さっきの、音楽が自然音に近いという話ではないですが、自分の音楽も、自然音のようにさり気ないものであって欲しかった。だから、今、音楽に対しては、すごく頭の中がシンプルになっていると思うんです。余計な下心や企みは必要なくて、ただ自然に、心地よく揺らめく音であればいいというか。

 

2020年の31日。50歳の誕生日に、彼女は、中野サンプラザでコンサートを開く。このアルバムやライヴをきっかけに、彼女の音楽活動は活発化していくのだろうか。

 

――来年の中野サンプラザでのライヴは、どういう内容になるんでしょうか?

 

中山 今回のアルバムの曲もやると思いますけど、基本的にはお誕生日パーティみたいな感じなので、来ていただいたファンのみなさんが聴きたい曲を、できるだけやろうと。

元々、バンドのリハは定期的にやっていたんです。そうしたら、「サンプラザがなくなっちゃう(老朽化のため建て替え)」という話を聞いて、「だったら、最後に歌いたい」と思った。「来年の誕生日はどうだろう、ちょっと聞いてみる」みたいな軽いノリで聞いてみたら、たまたま空いていて! そこからみんなのモチベーションがグンと上がって、もう本格的にリハーサルをしています。

 

――アルバムのタイトル「Neuf」はフランス語で“新しい”という意味です。全部新曲のように感じられたことや、アルバムの中に新曲がインストを含めて4曲入っていることなど、「Neuf」に通じるイメージは様々ですが、美穂さんは、なぜこの言葉を選んだんですか?

 

中山 何となく。でも、決して“新しい私!”という意味じゃないです(笑)。タイトルを見たら、Neufって、言ってみたくなりません? しかも2回続けてなんて、絶対皆さん人生で言ったことのない言葉だと思うから。うふふ。

 

――確かに。CDショップで言いたいです。「Neuf Neuf」くださいって。

 

中山 噛みながらね(笑)。

 

この日のインタビューで、彼女は、何度か「もどかしい」という言葉を口にした。それはおそらく、彼女の肉体が語った言葉だ。例えば、レコーディングで、思ったように音に乗れない。音楽をやりたいのに、環境が整わない。自分の中で鳴り響く音があって、それを解放できない苦しみや違和感やノイズ。それについて語る時、中山美穂は饒舌になったが、歌詞やタイトルなど、本来なら頭を使って考えたはずの作業に関しては、「何となく」とか「意味はない」などと、あっけらかんとした言葉で、胸の内の出来事を片付けた。でも、それは口下手なのでも、質問の意図をかわそうとしているのでもなく、結局、今の中山美穂の中にある“自然”なのだろう。

彼女は、自分の音楽が、自然音のようにさり気なくあって欲しいと語った。そうして、実際にこの「Neuf Neuf」というアルバムには、中山美穂だから成立した、唯一無二のさり気なさがある。透明感と、ユーモアと、ある種のクレイジーさがある。嘘や作為や企みは一つもなく、もうすぐ50歳を迎えようとする中山美穂の鳴らす“音”そのものが、一枚のディスクの中に結晶化されているのだ。

女は、直感と本能で生きている。中山美穂は、音づくりの中で、本能的に不純物を一切排除する。だから、彼女の音楽は無色透明で、やさしくて、さり気ない。そして、このアルバムのスパイスになっているのが、隠れた彼女の少年性だ。「ヌフヌフ」という言葉を、CDショップで噛みながら言うところを想像する彼女からは、いたずら好きの少年の顔がチラリと覗いた。

 

 

 


中山 美穂