天性のリズム感、底抜けに明るい庶民性
                                                                               安倍 寧(音楽評論家)

 江利チエミがデビューした頃、1940年代後半から10年間くらいの間かな、当時のアメリカのヒットパレードの主な作品にはカントリー&ウエスタンそのもの、あるいはその影響を受けた曲が多かったですね。テレサ・ブリュワーの「想い出のワルツ(Till I Waltz Again With You)」、ハンク・ウィリアムスの「ジャンバラヤ」、パティ・ペイジの「涙のチャペル(Crying In The Chapel)」とか。ジョー・スタッフォード、パティ・ペイジ、ドリス・デイもそういう歌を好んで歌いました。かたわら、パッツィ・クラインのような純粋なカントリー歌手も別に存在していました。あの時代のヒットパレードを聴き直すことが出来たら、その辺の事情がわかるでしょう。
 江利チエミが歌っていたのは、ジャズといってもエラ・フィッツジェラルドやビリー・ホリディが歌う、いわゆる純粋なジャズだけではなく、当時のヒットパレードも含めていろいろな曲を歌っていました。3月7日発売の『Chiemi+Jazz』だと、「テネシー・ワルツ」も「恋人よわれに帰れ(Lover, Come Back To Me)」も一緒に収録されていますが、純粋なジャズ曲と当時のヒットパレードものは一応分けて考えたほうがいい。「テネシー・ワルツ」は、カントリーの香りのするヒットパレードものの代表曲です。日本ではそういう曲もふくめて当時はジャズと呼ばれていました。
 そのようなアメリカ音楽界の影響をもろに受けたミュージシャンたちがのちに日本の芸能界で活躍するようになります。ホリプロの堀威夫さん(ワゴン・マスターズ〜スウィング・ウエスト)、田辺エージェンシーの田邊昭知さん(オールスターワゴン〜スウィング・ウエスト〜ザ・スパイダース)、サンミュージック相澤秀禎さん(ウエスト・キャラバン)、もと日本テレビの井原高忠さん(ワゴン・マスターズ)、もとビクター、ポリドールの故鳥尾敬孝さん(ワゴン・マスターズ〜オール・スターワゴン)。第1回『日劇ウエスタンカーニバル』には、バンドのメンバーとして堀さん、相澤さんと田邊さんが出演していました。いかにカントリーが、戦後の日本のショウ・ビジネスに影響を及ぼしているかわかります。
そうそう菅原洋一の「知りたくないの」だけれど、もと歌はカントリーです。仕掛けた小沢音楽事務所の小澤惇さんがこの畑の人だったからです。
 チエミは、デビュー前からその『ウエスタンカーニバル』が催された日劇(日本劇場)に出ていました。当時は、日劇に出ることは日本最高の桧舞台に出ることでした。昭和26年1月のことですがまったく無名だったチエミが日劇で『スイング・サーカス』というショウに出演しています。自転車の曲芸とか米軍キャンプ回りの芸人を集めた舞台でした。チエミも米軍クラブで歌っていたので引っ張り出されたのでしょう。その後、昭和27年の1月にレコードデビューして、2月にはチエミと日劇ダンシングチームによる『踊る日劇』に出演しています。早くも人気が出て騒がれ始めたということですか。同じ年の7月に『夏の踊り』で芯の歌手をつとめています。1年半ほどで大出世したことになる。
 日本でジャズが本当に根付いたのは戦後といってもいいと思います。戦前にもジャズはあったし水準も決して低くはなかったけれど、戦後ぐーんと飛躍した。戦後の歌手たちは米軍キャンプが主な仕事場で、アメリカ人相手に歌っていたのですから、英語の発音だってリズム感だって鍛えられて上手くならないはずがない。特にチエミはもともとリズム感が圧倒的によく、ジャズからカントリー&ウエスタンまでフィーリングをつかむのがうまかった。おそらくとても耳がよかったのだと思います。歌詞がよく曲に乗っていて、聴いていてウキウキしてくる、ほんもののスウィングするジャズを歌っていました。また、歌詞が日本語と英語のチャンポンというのも非常におもしろい手法で、親しみやすさが増したようです。
 戦後派のジャズ歌手には、ナンシー梅木、マーサ三宅、丸山清子など才能ある人たちがいっぱいいるけれど、この人たちはヒットパレードものは積極的に歌わなかった。チエミは、ジャズからカントリー&ウエスタンがかったヒットパレードまで幅広く歌ったし、スターになるべくして生まれてきたような素地があった。実際は小柄なんだけどステージでは大きく見えました。明るくてお茶目で人好きのする個性は天性のものかもしれません。エンターテイナーとしてのルーツはジャズですが、レパートリー、芸域は広かったですね。今チエミのような存在感を持った歌手はなかなかいませんが、そういう歌手が出てきてほしい気がします。

(構成・文 ガモウユウイチ)