| オペラが燃えていた栄光の時代の記憶 |
| 黒田恭一(音楽評論家) |
なんだって?音質が不鮮明?映像がぼけている?そんなことでいちゃもんをつけるような輩に用はない、とっとと帰ってくれ!ここは、難くせをつける手合いに啖呵のひとつも切ってやりたい気分である。そりゃあ、たしかに、昨今のオペラ・ビデオの鮮明な映像と音質になれていれば、カラー映像によっている「ファウスト」といえども、一瞬、面食らう。なにぶんにも、新しいものでさえ、30年も前にビデオ収録されたものである。音質にしても、映像にしても、お世辞にも鮮明とはいいかねる。 NHKは日本がオペラ砂漠だった時代にイタリアから名歌手たちを招いて、さまざまな名作オペラを上演してくれた。当時の日本の音楽好きたちは、遠いところから時間をかけて訪れてくれて素晴らしい歌唱をきかせてくれる歌い手たちに感謝しつつ、オペラだけが味わわせてくれる大いなる喜びに初めて酔った。NHKのイタリア・オペラにふれて、そうか、これがオペラか!と思い、一気にオペラ・ファンになった人も少なくなかった。かつて、ぼくたち、オペラ未開発国の住人たちはそのようにして、次第にオペラに目覚めていった。 あのとき、客席をみたしていたのは、昨今のオペラ公演ではほとんど感じなくなっている、演奏してくれる遠来の客たちへの、尊敬の念と、ことばにはつくせない感謝の気持だった。少なくともあのときの客席にはエンターテイメントを楽しむ人の姿はなく、みんながみんな、燃えるオペラの神髄にふれようと必死だった。そのような、ききての、ひたむきで、真摯な姿勢は、当然、演奏してくれる人たちにも伝わった。その結果、歌い手たちは持てる力を遺憾なく発揮して、生き生きとうたい、熱唱、熱演はさらにその体温を高めた。いずれの公演もが感動的なものになった背景には、そのようなこともある。 たしかに、音質や映像の鮮明さという点で充分とはいえないところの多々あるオペラ・ビデオではあるが、ここで体験できるようなオペラがオペラらしく燃えているオペラは、耳をそばだて、目をこらして、感謝の気持を胸に、丁寧に味わわないと、罰があたる。
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| 伝説のイタリア・オペラ・ライヴ・シリーズの音声について |
| 辻本 廉(NHKテクニカルサービス) |
50年代末に出現した「磁気録画装置」(VTR)と、その前の時代の「フィルム録画装置」(キネレコ)をあわせて、テレビ番組を記録する機器の音声の品質を振り返ると、特に音楽鑑賞の目的にはかなりの我慢が必要な時代が長かった。放送用VTRが2chのステレオ音声を記録可能になったのは、音声多重放送が本格化し始める70年代末であるが、同時代のステレオテープ録音機の品質には遠くおよばないものであった。オーディオ専用機器と互角の品質のデジタル音声を記録可能になったのはさらに10年後、衛星放送時代を迎えた90年代近くにもなってからである。このテレビ音声記録技術の“遅れ馳せながら”の発達は、今年(2003年)50年を迎えたテレビ放送の歴史の中でちょうど後ろ半分のことである。 1956年から1976年にわたるNHKイタリア・オペラは、この四半世紀の発達の恩恵を受けずに終わっている。残された映像はVTRであったり、キネレコのコピーであったりと様々であるが、その音声の品質はそれ相応のものである。しかしそれらの再放送やDVD化に当っては、NHKで独自に開発した「音声相関によるシンクロナイザ」を活用し、AMやFM放送用に収録した音声テープを映像素材の音声に同期させながら、ノイズにまみれた音声をテープの音声に差し替えることによって、音質の改善を、さらにあわよくば(テープがステレオであれば)公演当時のテレビ放送も不可能だったステレオ化をも図る試みを行なっている。 2002年発売の第1期シリーズでは、ステレオ収録の公演日とテレビ収録の公演日が異なる関係で、モノの音声テープでの差し替えにとどまったが、大変ご好評をいただいた。今回のシリーズでは待望のステレオ化が実現した「ラ・ファヴォリータ」と「アイーダ」がラインナップされている。なお「ルチア」は、3/4インチの簡易VTRにコピーされた映像が残された唯一の素材で、このコピー過程によると思われる強音部での音声ひずみがあるが、差し替えに使用可能な音声テープは残念ながら残されていなかった。このように、映像素材の音声をそのまま使用せざるを得ない部分があったが、それぞれの素材が残されてきた諸事情による技術的な制約の中で、可能な限り最良のものを残すような処理を行なっている。 |